「それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」エレミヤ29:11

ある人が高校受験の時に、合格間違い無しと保証されていた。なぜなら成績はトップクラスだったから。本人も周囲も、皆が合格を信じて疑わなかった。ところが、意に反して結果は不合格だった。周囲も驚き、本人も大変なショックだった。二番手志望校への入学になった。しかし、その人は、はた目から見ても、どんどん霊的に変えられて行った。

 

主は素晴らしく益とされた。以前は成績が良く、出来るので、高慢な鼻につくようなところがあった。が、人が変わったように、周囲は優しさを感じるのだった。行った先の学校で聖研を開き、救われる人が起こされた。教会の中でも、中学生クラスのリーダーとして用いられて行った。

 

不合格は大きな試練であったが、その痛みにより、砕かれ練られ、変えられて行った。そして、今の状況を心から感謝できるようにされた。人生は、思い通りにならない事の方が多い。私たちも自分の願い通りではないかも知れないが、しかし必ず主の最善が成される。結果的には、自分の願った道より、主から与えられた道の方が、遙かに良かったと言える。

 

主がされる事を、受け止め、受け入れて行く時、経験して行く。必ず「平安を与える計画」であったとわかる。「平安」に結果して行く。「平安」に着地して行く。今、苦しい問題が目の前にあるだろうか。受け入れて行く時、その事態が「平安を与える計画」であったとわかる。

 

-------------神のご計画はいつも理解できるとは限らない。わからない事の方が多いかもしれないが、この時も神の導きの中である事だけはわかる。私を知り、私のために立ててくださっているご計画にいることを受け入れ委ねていたい。