「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡さ れた方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに 恵んでくださらないことがありましょう」ローマ8:32

ある人が、試練に次ぐ試練で、苦しみが余りにも大きく、もう自分には耐えきれないと、まさに許容量オーバーになり、現実逃避に走った。もう限界とばかり、とにかく苦しい現実から逃げ出したくて、何もかも置いて、車で当てもなく走って走り続けた。何も考えたくなかった。家にも帰らないつもりだった。

 

ひたすら走っていると、何と御言葉が臨んで来た。「ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んで下さらない事がありましょう」、御子を与えるほどに愛しているから、この必要、あの必要、すべて満たすと。その御言葉は、幾ら逃げても〃、追いかけて来る。

 

どんどん御言葉が大きくなり、迫り来て、御言葉に捕らえられ、とうとうギブアップした。「神様、ごめんなさい」とUターンして、帰宅した。そして主は、心の必要、物質的必要、すべてを豊かに満たして下さり、主の大きなご愛を身をもって体験したと。

 

主は、何があっても、私たちを諦めずに、どこまでも追いかけ捕らえて下さる。御子を下さったお方が、物質的必要を下さらないわけがない。心の糧、必要、癒しを下さらないはずがない。神は良くして下さり、良いものを与えて下さる。今、もし苦しみの中にいるなら、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、その必要を満たして下さる事を信じよう。