「私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表わ します」詩篇142:2 

詩篇で、ダビデは、嘆きに嘆いている。涙は止まらず、いら立ちで衰え、敵のために弱っていると。疲れ果て、弱り果てた姿をありのまま出している。クリスチャンとはいつも笑顔で、ニコニコしていると思っていたら、ほど遠い姿だ。しかしダビデは率直に、自分の感情や思いを言い表している。何の問題も無い振りをしていない。

 

大丈夫な振りもしていない。 「夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる」「私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表わします」と。焦り、思い煩い、不安、不満、悲しみ、苦しみ、すべてを隠さずに、気持ちを抑え込まず、無い振りをせずに、率直に、主に告げている。

 

その後「主は私の泣く声を聞かれた」「主は私の切なる願いを聞かれた。主は私の祈りを受け入れられた」と確信に変わっている。そして「嘆きを踊りに変えて下さった。喜びを着せて下さった」と言っている。ダビデは、主への深い信頼があるから、何でも言えた。信頼していない相手に、気持ちを打ち明けることはない。受け入れられるとわかるから、訴え、告げ、願って行く。

 

心の底の思いを主に告げて行く時、つらい心が、平安に変えられる。状況は変わらずとも、心が平安にされる。そして主との交わりが深められ、信頼関係がますます強くされる。今、心が重く、苦しい状態なら、そのまま主にことごとく告げよう。心が平安にされ、導かれて行く不思議を経験する。

 

--------------心にある様々な問題を持って主の元にいこう。言葉にならないうめきも主の方がそれをご存じでいてくださる。苦しみを注ぎだしながら、主のものであると子供のように安心しよう。