「主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます」 詩編23:2 

世の中は、日々目まぐるしい。止まる事なく、雑多な情報が行き交い、その量に飲み込まれてしまいそうだ。すさまじい勢力にどんどん流されてしまう。このような中で、主の御前に静まるという事は非常に重要だ。余りにも忙し過ぎるなら、ちょっと手を止めよう。一旦立ち止まって、御前に静まろう。

 

ある人が余りの多忙の日々に、過労で倒れる寸前だった。思いきって休暇を取った。やっと時間ができ、主と交わろうとした。今まで多忙で交わりがおろそかになっていた。心はイライラし満たされず疲れ果てていた。喜んで、御前に静まろうとした。一人であり、誰もおらず静寂だった。しかしいざ祈ろうとすると、外部は静寂なのに、思いがぐるぐる渦巻いた。思いの声がやかましい。

 

次から次へと湧き、頭がいっぱいだ。あなたも経験あるだろうか。思いが駆け巡り、とどまるところ知らずだ。サタンの声に肉がどんどん反応する。ああだ、こうだと、思いは目まぐるしく騒がしい。聖書を読んでも、字を負うだけで頭は雑念で一杯だ。静まる事ができない自分を知る。静まる事がこんなにも困難だとは。

 

身体を動かし、働く方が簡単であり、自分の力で幾らでも動ける。だからこそ立ち止まる事が必要で、主に助けを求めて静まろう。そんな時は、祈れない事を告げ、数分で良いから主に心を集中してみよう。その心を見て主は助けて下さる。主は御声をかけ、あなたの今気がかりなその事に示し下さる。

 

------------主は私たちを恵もうと待っておられる。そして主を待ち望む者に必ず祝福をくださる。平安も、感謝も、喜びも主から与えられる。外は騒がしくても、いこいの水は心に満ちる。