「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべて の武具を身に着けなさい」エペソ6:11

悪魔は、荒野で断食後の主に攻撃を仕掛けた。40日断食し、まさに死と隣り合わせの空腹の主に、神の子であり、石をパンに変える事が出来るのだから、自分でパンを作ればいいではないかと誘惑した。「このままでは確実に死んでしまう、神はパンを与えてくれないのでは?」との疑いを吹き込む。

 

「神に頼っていたら、与えられないのでは?」「自分で何とかしないと死んでしまよ」と。「人類を救うのに、死んでしまったら、元も子も無いではないか」あなたにもこの誘惑が来ていないか。「神に頼っていたら、らちがあかない。まず祈ってなどと、時間がかかるし、さっさと自分でしてしまえば。

 

すぐ出来て、スムーズだ、それでうまく行けばいいじゃないか。結果オーライだ」。「自分でやった方が早い。御心にかなった事なんだしOKだ」ここで死ねば、元も子もない。自分の使命はどうなるのか。どうあってもまずパンを食べて、とにかく生き延びる事が先決だ。

 

神に頼るなら、あたかも餓死するかのように錯覚させる。「自分で調達すれば?」<神のため>なんだからと、自分の判断で動き、自分の力で事を行なうように仕向ける。サタンの巧妙な誘惑だ。しかしどこまでも神の言葉の下に自分を置いて、従うことが信仰だ。

 

神はパンを与えて下さる。パンが命を造るのでなく、神の言葉が命を造る。神への信頼を崩し、自力で動かそうとするサタンの誘惑だ。祈っていよう。御霊が気づかせ教えて下さる。

 

-------------サタンは煽り、祈る間もなく行動を迫ってくるが、必ず御霊も導いてくださる。御言葉は何と言われているかと信仰に立とう。たとえ遠回りに見えても主の力で戦うなら勝利できる。