「しかし、私は絶えずあなたとともにいました。あなたは私の右の手をしっかりつかまえられました」詩篇73:23

記者は、悪者が栄えるのを見て、落ち込んだ。彼らは楽しそうで、豊かで肥え太っていて、何の苦しみもなさそうだ。悪者は安らかで、富を増している。それに引きかえ、自分は惨めで、苦しみばかりで、何のよい事もない。虚しく心をきよめている。

 

この足はたわみそうで、歩みは滑るばかりだ。どうして神を信じない者が栄えるのかと。不平不満で一杯だ。その彼が、神の聖所に入り、光が与えられた。実は彼の不満や妬みや愚痴や、様々な悩みの原因は、「神の近くにいなかった」ことによると悟ったのだ。神の近くにいることが幸せなのだと。

 

本当の問題は、様々な事柄や状況ではなく、自分と神との関係だった。それが信仰にとって根本的なことだ。私たちも同様だ。愚痴や不平で、人への妬みで一杯になる時、イライラ状態の時、本当の問題はその状況でなく、自分と神との関係だ。神から離れているから、平安無く、喜び無く、心が荒んでイライラしている。

 

それに反して、神と親しい交わりの中にいる時、状況がどんなに波風逆巻いても、大暴風雨の中でも、心は霊の喜びと平安に守られる。神の近くにいる事が平安であり幸せであり、問題が問題でなくなるからだ。

 

一番大切なことは、神との関係だ。今、神との関係はどうだろう。神から離れていたなら、すぐに立ち返ろう。 父親が放蕩息子が帰る事を何より喜んだように、御父は喜んで下さる。神と交わって行く時に平安が戻る。そして、状況に関係なく、どんな中でも、幸せであることができる。御翼の陰で、神により心が満たされるからだ。

 

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外にある悪は、私たちが神につながり、そのご愛に包まれているなら、全ては神を通って来ていると悟らせてくださる。絶えず神に叫び、神と語ろう。耳も心も神の知恵に守られる。