「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」箴言3:6

ある人が、定年以前に、様々な事情で、やむなく職を退く事になった。非常に小さな職場だったので、退職金もままならず、思いのほか少なかった。これからどうすればよいのか。不安と恐れに襲われ、途方に暮れたが、主の御前に、祈りに持って行った。ことごとく心の内を告げて、祈った。

 

その時に、「あなたの行く所どこにおいても主を認めよ」と語られた。すべての道で主を認めよということで、これは主が決められた事で、主から来た事と認め、そして「あなたがこうしてくださったのですから」と目の前の事を信仰によって受け止めた。すると状況は大変厳しいのだが、不思議に心が変えられて、平安にされた。

 

思い煩いが消えて、心がすっきり安らかにされた。 そしてすべてを支配しておられる主に信頼し、委ねて、今後の事をひたすら祈り続けていた。すると、思ってもみなかった所から、誘いの手があり、間を置かずに次の職が与えられたのだった。又それは自らの賜物が生かせる、願ってもない職場だった。差し迫った経済的必要もあり、与えられた事を心から主に感謝した。

 

私たちも、目の前の事態をただ見えるところでなく、外側の状況にほんろうされるのでなく、それを主から来た事、主がそう決められた事と、信仰によって受け止める時、心が変えられる。状況はそのままだが心が不思議に平安にされる。そして主からの事と受け入れる時に、信仰を持って主に拠り頼んで行ける。

 

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時に目の前の現実が主からのものとは信じられない事もあるが、主を認めるとは、ただ嘆くだけの弱さではなく主の愛を信じて主に訴え、祈ることのできる強く前向きな生き方だ。