「どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです」詩篇119:9

ある人が、職場でどうやってもそりの合わない相手がいた。話すと、相手は反対意見を言って来る。何かにつけて、自分には逆らう態度を取る。どうしてもギクシャクしてしまう。相手にトゲを感じ、段々、話すことすらも苦痛になり、心重い日々だった。そのため、その事を祈りに持って行った。祈っていると、相手の短所、欠点ばかりに目が行き、そういう見方しかしていない自分に気づいた。

 

相手を責めて、裁いていた。相手にトゲを感じていたが、自分の側もトゲを出していた。そんな時「高慢」についての学びがあり、「ご自分を無にして、仕える者の姿をとり」「自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまで従われた」主の姿に、自分の高慢、愛の無さを示された。

 

その事を悔い改め、主にならい、へりくだれるように祈った。そしてその事に心を向けていた。そんな時、相手と打ち合わせの必要が生じ、話をしていた時、相手との関係が変化している事に気づいた。自分が変えられたのだった。へりくだろうとして祈る時、主が働かれる事を見せられた。普通に平安に対話でき、不思議にトゲが消えてしまっていた。

 

こちらが心を開いたせいか、相手も変わった。どちらかが変わると関係は変わる。まず祈りに持って行く事が大切だ。主はそこで語り、示して下さる。その示しに従う時に、主が働かれて、みわざを見せられて行く。

 

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主と正しい関係にあるよう御言葉はいつも教え導いてくださる。感情はすぐ相手すぐに反応してしまうが、御言葉から迷い出ないように祈り、主に従おう。