「主よ。私は知っています。人間の道は。その人によるのでなく。歩くことも、その道を確かにすることも、人によるではないことを」エレミヤ10:23

スポーツ選手の大きな試合やオリンピック、又、入試や就職試験、又、各競技はどんなに緊張する事だろう。試合や試験に向けて、一生懸命に努力し準備する。これ以上出来ないほどの準備をしても、その成果がその当日、確実に出るとは限らない。当日の体調や精神状態の不調、想定外の事態が起きるかも知れない。

 

オリンピックなど、練習を積み上げて臨んだのに、緊張からのミスで、本番で実力が発揮出来ない選手も目にする。練習量や、自分の精神力、自分の力だけではどうにもならない事を見せられる。人の歩みは、まさに主によって定められるの通りだ。主と共に歩み、そこに主を認める事のできる私たちは何と幸いだろう。

 

私たちの進路、進学や就職、転勤等、目の前に起こる出来事、状況、それらはすべて主が定められたものだ。それを、主が決められたものと受け取る時、揺るがない平安と確信を持って進める。今後も、主は私たちの手を取って、御心の道へと導いて下さる。

 

その妨げになるのが、自分の肉の思いだ。自分の願望、欲望があり、その肉の思いは非常に強い。自分の歩みは、自分で決めたいのだ。自分のプランがあり、どうしても手放せない。強い自我がある。

 

だが、主は、すでに最善の道を用意しておられる。自分の思いを明け渡す時に、平安な道へと導かれる。目の前の状況を、主からのものと信仰によって受け取り直そう。その時、道をまっすぐにして、心を平安にして導いて下さる。

 

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一日一日に、いろんな事が起きる。それを主からのもと、受け取り直す時に、信仰持って対応して行ける。そして主が確かなものとして導いて下さる。急遽の事態、想定外の事態にも、ご計画があると受け取る時に、心が落ち着いて来るから不思議だ。