「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない」ヘブル3:15

モーセを指導者とするイスラエルの民は、出エジプトを果たし、荒野に出た。そして約束の地カナンを目指して旅をする間も、モーセにより神の言葉を聞いていた。しかし彼らは何度も繰り返し、従う事なく、「水が無い、食物が無い」とつぶやき、不平不満を口にし、主に逆らった。

 

カデシバルネアでは、各部族からカナンへ斥候を遣わしたが、信仰に立ったヨシュアとカレブの言葉に従わず、不信仰な10人の斥候の言葉に従い、恐れと怯えで号泣し、エジプトに帰るとまで言い出した。そのため大人たちの中で、約束の地に入れたのは、ヨシュアとカレブたった2人だった。他の成人たちは、荒野で死んでしまった。

 

それだから「語っておられる方を拒まないように注意しなさい」「不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい」と。「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合えと。そして「きょう、もし御声を聞くならば、心をかたくなにしてはならない」と。「今日」が大切だ。明日、明後日でなく、「今日」主に向き、真実であれと。

 

又、民はモーセから神の言葉をずっと聞いていたが、聞いた御言葉も益にならなかった。「聞いた人たちに、信仰によって結びつけられなかった」と。物理的に耳で聞いていたが、御言葉を信じず、聞き流し捨ててしまっていた。どこまでも主に向き合い、もし、信じられない、従えないなら、そのままを告げ、自らの状態を正直に告白し助けを求めよう。祈りに答えて、主は助けて下さる。

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御言葉を信じようとするとすぐに否定的な思いが浮かぶ。そこで御言葉を捨ててしまうか、そのつぶやきを祈りにするかで大きく変わる。主につぶやきを差し出しながら、歩みは遅くても前進しよう。 

 

  発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係