「『・・それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい』」ヨハネ21:22

 

 人は、心の底では、自分に無いものを求めていると言われる。「自分も~~のようであれば」と。違う境遇や、違う成育歴や、違う才能や性格を求めていると。しかし、それなら今の自分を否定することになってしまう。いつも言われるようにバラが百合になりたい、足の裏が目や口になりたい・・と。しかしバラと百合は、好みの違いはあっても、優劣は無い。

 

足の裏と目も優劣は無い。役割が違い、どちらも無くてはならない。不可欠だ。一流レストランはその良さがあり、おふくろの味の食堂はその良さがある。頭ではよくわかるのだが、心の奥にしっかり受止めているだろうか。人と比較し、人を羨んでいるなら、まずそれを認めよう。無い振りをせず、ごまかさずに、自分の羨望や妬みをきちんと認めよう。

 

そこから新しい歩みが始まる。自分が誰それのようになろうとするのでなく、主が慈しんで創造して下さった、唯一無二の自分自身を生きて行けるように、祈り求めよう。かけがえがない、代わりがないという事だ。人のようになるという意味では、決して自分を変える必要はない。

 

しかし主のかたちへと近づく意味では、今のままでなく変えられて行かなければならない。人との差異で自分を量るのではなく、御言葉を鏡として自分を量る時に、主のかたちへと成長させて行って下さる。そしていつでも心に平安があり、喜びを持って生きて行ける。

-----------

それぞれに主が与えてくださった環境や賜物があり、人と比べたり人を頼りにしては信仰の人生は歩めない。主を頼り、与えられた御言葉を握って自分自身の歩みを続けよう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係