「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」ピリピ3:14

「後ろのものを忘れ」とあり、前に進むために、後ろのものを忘れるべきだが、忘れてはならないものがある。主が今までに下さった祝福、恵み、教えて下さった事は、忘れてはならない。「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」「この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない」の通りに。それは覚えていなければならない。

 

しかし、忘れるべきものがある。過去の罪、失敗、罪責感で、今もさいなまれているなら、それは間違っている。その罪を悔い改めたなら、主は完全に赦し、二度と思い出されない。「わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ」主の赦しを受け取り、前進すべきだ。たとえ失敗したとしても、人生そのものに失敗したのではない。

 

誰しも失敗する。人間であり、弱さゆえに必ず失敗する。失敗しない人は一人もいない。しかし転んで再度立ち上がるべきだ。失敗から学ぶことが大切だ。学べば良い。アブラハムも何度も失敗し、イサクもヤコブもモーセもダビデも、失敗した。しかし、彼らはヘブル11章の信仰の人々に名を連ねている。

 

モーセは自力で民を救おうとし失敗した。荒野での40年を通して、砕かれ整えられ、出エジプトのリーダーとして用いられた。ダビデも姦淫と殺人という重罪を犯したが、真摯に悔い改め、赦された。ダビデの詩篇から受ける慰めと益は測り知れない。私たちは赦しを受け取り、後ろの否定的なものをいっさい「忘れ」、前に進もう。

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悔い改めた過去の罪が思い出される度に、罪を赦された恵みを主に感謝していこう。もう赦されている。過去に引っ張られず、前を向いて前進することが赦してくださった主の御心だ。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係り