「しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る」ヨブ23:10

ヨブは、ある日突如として、10人の子供たちを失い、しもべたちや家財や家畜、すべての財産を失った。そして次にはヨブ自身も、全身を悪性の腫物でおおわれ、極度の苦しみに会った。しかしヨブは、御心は一つであり、神が、ご自身が欲することをされ、誰もそれを翻すことができないと信じていた。

 

神の欲するところは、しばしば私たちの思いと大きく異なっている。ある時は理解できず、納得が行かない事もある。神は、私たちがたとえ理解できなくても、従って行く者と訓練されるために、理解を越えた事態を通される。

 

「前へ進んでも、神はおられず、後ろに行っても神を認める事ができない」右に行っても、左に行っても神がおられないと。余りにも深い試練の中で、時に、何がどうなっているのか、どうしてこんな事がと、神がおられ、神は愛なのかと、思ってしまう。

 

そのような状況の中で、信仰により「神は最善をされる」「神にはご計画がある」「益とされる」「希望がある」と、尚も信じ従う者と変えられて行く。疑いや不安、恐れや思い煩いに襲われるだろう。サタンの火矢が飛び交う。

 

「しかし、神は、私の行く道を知っておられる」。私たちには見えないが、主はご存じだ。そしてそれを信じる事ができる者へと成長させて行って下さる。時に厳しい試練だが、テストであり、心の内にあるものが、調べられ、自分で自分を知る時とされる。そして金のように出て来る。練られて一段階成長させられる。

 

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主のみ思いは人の理解を越えている。人の思いとは異なると、はっきり言われているし、遙かに高く、深いと。時に理解出来ない事を経験する。しかし長い歳月を経た後、わかる事がある事も経験する。主に間違いは無いと信頼して行く時に、世には決して無い平安も体験する。

 

 発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係