「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない」箴言16:3

私たちは、先の事、明日の事、様々プランを立てる。そして自分が立てたプランにどうしても固執してしまう。それがベストだと思えるからだ。そのためそのプランを主に委ねよと言われた時に出来ない。手放せない。自分がしっかり握り締めてしまう。又、それは自分の宝に関しても同様だ。手放せない。

 

主以外に「力とするもの、栄えに満ちた喜び、愛するもの、心に慕うもの」は、自分にとって何だろう。心がそこにあるなら、命そのものとなって、どうしても主に明け渡す事ができない。自分のプランを、自分の将来を、愛するものを、自分の喜び、力とするものを明け渡すと、それを失ってしまうと思う。

 

自分がコントロールしていないと不安しかない。将来を委ねてしまうと、将来がだめになってしまうと思ってしまう。自分を明け渡すと、自分が崩れ去ってしまうと。だから恐くて、ますます握り締めて放さない。そうするとますます主以外のものが、自分のいのちになって行く。いのちとなっているものを、明け渡す事は、到底人間にはできない。

 

しかし、人にできない事が神にはできる。「ゆだねる事が出来ません」と認め、「助けて下さい」と現状をありのまま祈って行こう。握っている間は、不安と恐れ、思い煩いでいっぱいだが、委ねると自由と平安とされる。祈りに答え、自分にはできない事に御霊が働かれ、御霊の力によって、成し遂げて下さる。

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自分がどうしても握っていたいものは何だろう。そのために悩み、なくすともう終わりだと思っているものを認めよう。そして、主が委ねさせてくださることを信じよう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係