「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を 低くしなさい」創世記16:9

アブラムとサライは主の約束を待てず、奴隷ハガルにより子供を得た。だがハガルはみごもった時、高ぶり、女主人を見下げた。それに激怒したサラはハガルをいじめ、ハガルは余りにもつらく逃げ出した。一人寂しく荒野にいた時、主の使いが現れ「サライの女奴隷ハガル」と呼んだ。

 

「サライの女奴隷」と現実をはっきり見せ「どこから来て。どこへ行くのか」と。ハガルは居場所を失い、自分を見失い、行き詰まっていた。「女主人から逃げている」と答えた。苦しみから逃げたいばかりだ。すると「あなたの女主人のもとに帰り、彼女のもとで身を低くせよ」と。

 

ハガルはサライの奴隷なので、戻ってへりくだり、女主人に仕える事がハガイのなすべき事だった。一番嫌な、したくない事だが、実はハガイにとり、それが一番幸せで、平安の道だ。自分の遣わされた場から逃げても、一時の解放感はあるが、喜びも無く平安も無い。

 

私たちも自分を見失い、行き詰まる時は、主と出会う事により自分を取り戻せる。又どのような主人であれ、見下す事は、御心でない。私たちも相手ではなく、自分が、主との関係で御心に歩むならどうであれ平安だ。主が平安を与えて下さるからだ。

 

そして主はハガルをも心にかけ「あなたの子孫は、わたしが大いにふやすので、数えきれないほどになる」と祝福を約束された。自分に語りかけられた主と出会い、恵みを受けたハガルはサライのもとに戻った。

 

・・・・・・・・・・

主は、ハガルが選択出来ない奴隷である状況をご存じで、あわれんでいて下さる。苦しい時は、自分でかせを除きたいし、逃げ出したい。環境を変えたい。だが主の御心の中が、一番安全で平安だ。主のあわれみの御手に身をゆだねよう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係