「するとたちまち、足のくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。・・神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った」使徒3:8

ペテロとヨハネが、祈るために宮に入ろうとする時に、足のきかない男性が、彼らに、施しを求めた。この男性は、うまれつき足が悪く、人々に施してもらうために、いつも宮の門に置いてもらっていた。彼は、人に運んでもらわなければ移動できないし、施してもらわなければ生きて行けない。それは人に依存した人生だった。無力で自分ではどうにも出来なかった。そんな身の上を嘆き、諦めていたかもしれない。

 

その日もペテロたちに施しを求めた。するとペテロは「金銀は私にはない」と言った。彼はがっかり落胆したかもしれない。が、その次に想定外の言葉を受けた「しかし私にあるものを上げよう。イエス・キリストの名によって歩け」と。つまりキリストを信じて生きるようにと。

 

彼はキリストを信じた。無力だからこそ、信じる事が出来たかもしれない。ペテロたちに手を取られ、立たせられようとした時に、足とくるぶしが強くなり、おどり上がって真っ直ぐに立った。そして跳ねて歩き出した。神を賛美し、ペテロたちと一緒に、祈るために宮に入った。

 

彼は、生まれてこの方一度も歩いた事のない足が、いやされただけでなく、主を信じ、罪が赦され、救いに入れられた。足と共に、たましいのいやしをも与えられた。私たちも、いつでも主にすがり、主の名により立ち上がる事ができる。そして御心を行って行ける。 

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無力で、自力で動けなかった彼が、施しを求めた。が、キリストを信じて生きるようにと。彼は信じた。そこに救いを求めてすがりついた。それが彼に出来る事だった。彼は見事にいやされた。私たちも弱さの中でこそ、主を知って行ける。主のもとへ行こう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係