「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」伝道3:11

起こるすべての事に「神の定まった時」があり、そして神のなさる事は、時にかなって美しい。「かなう」とは「丁度」「ぴったり」「適合する」であり「時にかなって」とは「ちょうど良い時」「ピッタリな時」「ジャストタイミング」だ。「美しい」とは「調和がとれていて気持ち良く、快く感じられ」「感動がある」という事だ。

 

主のなさる事は、ピッタリのタイミングで、そこに秩序と調和があり、人に感動を与える。ユダヤ人絶滅の悪巧みがハマンによりなされた際、そこにピッタリ、丁度のタイミングでエステルがいた。王に救いを願う事は、エステルだけにしか、他の誰にもできない事だった。そしてエステルは命がけで従順に従った。自分にできる精一杯の事をした。その結果ユダヤ民族は救われた。

 

飢饉のため異国に移ったナオミが、帰国を決意した時、ルツも姑に従った。それが丁度、大麦の刈り入れ時だった。生計のための落ち穂拾いが備えられていた。又、選んだわけではなく、たまたま足を入れた畑がボアズの畑だった。又、丁度その時、ボアズが現れた。まさに主のなさる事は、時にかなっている。

 

主に従い、故郷を捨て異国に来たルツは、豊かに報いられ、ボアズとの結婚が備えられていた。今はわからなくても、いつか必ず「美しい」ことが判明する。信じていよう。

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主に信頼し素直に従っていく歩みは、理解できない困難にあっても全てが主のご計画の中だ。闇のように思えても、主に手をとられて美しいその時に向かっている。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係