「約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです」ヘブル11:13

同じ信仰者に、正反対の結果が出ている。一方は目に見える勝利だ。信仰の勇者たちが次々と出て来る。主の介入による奇跡によって、危機に救い出された人々だ。モーセによる民の紅海横断、ヨシュアによるヨルダン徒渉やエリコ城壁陥落、敵のペリシテを倒す怪力サムソン、強大な巨人ゴリアテを倒すダビデ、ライオンの口から救い出されるダニエル・・皆、勇士であり大々的勝利だ。

 

しかし、一方では、奇跡的な事は何も起こらない。釈放される事を願わず、拷問を受けて死んだ。他の人々は嘲られ、むち打たれ、鎖につながれ、投獄され、石で打たれて死に、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され・・大々的な奇跡的は起こらず、殉教して行った。これらが同時に起きている。

 

信仰者だからといって、常に奇跡が起きるわけではない。これら正反対の事はすべて神の御心による事だ。癌が奇跡的に癒やされた人々もいるし、癌で天に召された人々もいる。これは、成功や幸せが、この世の見方、価値観と全く違うという事だ。どちらの場合も主の御心であり、主の最善だ。どんな状況の中でも、主が私たち一人一人に最善をしていて下さる。

 

それを信じよう。そして永遠が私たちの見据えるべき目標だ。ある人々は約束のものを手に入れることなく、信仰を持ち、希望を持って死んだ。私たちはこの世では寄留者であり、すべての報い、結果は天にある事を覚えよう。

 

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この世だけを見ていると、わからない事も多い。しかし、天に帰った時に、総決算があり、すべてが明らかになり、賛美となり、主を崇める事になる。人生を、今日のこの一日を、一つ一つの事を天を見つめ、天に繋げて行こう。その時、どんな中でも希望を

見失う事がない。 

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係