「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません」ヤコブ1:22

主の教えに歩み、従うためには、御心に従おうとの意識的、選択が必要だ。信仰はオートマチックではない。操り人形のように勝手に従って行けるのではない。意識して御声に耳を傾け、御霊の導きを求め、それを選択し、御霊に拠り頼んで行く必要がある。自分の力は無意味で、主に頼まなければ進めない。

 

主が、勝手に私たちを操り、従わされるのではない。それならロボットだ。また、私たちの意志を無視して、主が代わりにされる事もない。意志を向ける必要がある。詩編記者は、自分の道を顧みて、主のさとしの方へ足を向けたと言っている。私たちはどうだろう。自分の生活を、自分自身を顧みることは有意義で大切だ。

 

時に日々の忙しさに、流されてしまう。主との交わりから遠ざかっていないだろうか。主の示しをなおざりにし、引き延ばし、ぐずぐずしているだろうか。記者は、主のさとしの方へ「足を向け」たと。祈ったのでなく、「あなたの仰せを守った」と、実際に行動した。実行する事が大切だ。

 

今、主の示しに、自分の足を向けるよう、具体的に行動するよう導かれているなら、すぐに従おう。記者は「急いで、ためらわずに」と言った。ぐずぐずしていると、ためらっていると、必ず従えなくなる。サタンも働いて、祝福を奪おうと妨害している。急いで、ためらわずに実行しよう。

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出来るかどうかを考えたら出来ないが、出来るようにしてくださいとは祈れる。主の助けを信じて意思を向けよう。聞くだけで終わりにせず御言葉を大切に受け取ろう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係