「異邦人の中にあって、立派にふるまいなさい・・あなたがたのその立派な行いを見て、おとずれの日に神をほめたたえるようになります」Ⅰペテロ2:12

よく言われる言葉があるが、私たちは寒暖計の人生だろうか。外気温の通りに、温度を表示する。寒ければ低温を、暑ければ高温を表示する。つまり、気温そのままに反応する。相手が穏やかであれば、こちらも穏やかに対応し、相手が冷たければ、こちらも冷ややかに、攻撃されれば、こちらも反撃する。

 

これは反応する生き方だ。これでは、自分の幸せ、不幸せが、相手によってコントロールされる事になる。すべて相手次第という事になり、自分が無い。ここ数日を振り返ってみてどうだろう。他人のあの言葉やこの態度で、自分がアップダウンし、又、温かくなり、冷たくなっていないだろうか。

 

他人の評価で一喜一憂し、喜んだり、意気消沈したり、人が気になって気になって仕方が無い。まず常に反応している自分に気づく事から始まる。寒暖計のごとく、人に反応するのでなく、御霊に反応する事を学ぼう。肉の反応に流されるのでなく、主の御心を行ない、導きに従う事を決心しよう。

 

ある人が、職場でつらく当たられ、挨拶しても無視された。しかし祈る中で、反応ではなく、御霊に従って生きる事を決心し、相手に関係無く、相手が無視しようと、自分は挨拶をし続けた。そんな中、相手のお陰で仕事がうまく行く出来事があった。素直に感謝の気持ちを伝えた。すると相手は驚いたようで、ぎこちない様子だった。しかしその後、親しい間柄となり悩みを相談されるようになった。証しの機会が与えられた。

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人の感情に過剰に反応し、御霊の実を結べずにいるのは間違っている。結果は誰によって決められているのだろう。気づけるように祈っていたい。主の助けを受けて、どんな時も御霊に従おう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係