「すると、シモンのしゅうとめが、ひどい熱で苦しんでいた。人々は彼女のためにイエスにお願いした」ルカ4:38

ペテロの姑が、ひどい熱病であった。主が会堂を出て、ペテロの家に入られた時であり、その時に、周囲の人々が主にお願いした。彼女自身は病に倒れていて、何も出来ない状態だ。私たちもどうだろう。人々が、心身の疲弊でどうにもならない時は、私たちが主のもとにお願い行くことができ、執り成しの祈りができる。

 

「彼女のためにイエスにお願いした」。御霊に示される執り成しの祈りがあるだろうか。あの人のために、この人のために、自分にも出来ることがある。すると主が、枕元に来て、熱をしかりつけられると、熱が引いた。主は、人々の願いを聞き入れて、彼女をいやして下さった。

 

主は私たちの執り成しの祈りに答えて、みわざをして下さる。私たちも、祈りの答えはどんなに嬉しいことだろう。大きな励ましを受ける。そして熱が引いた彼女は、すぐに立ち上がって、もてなし始めた。普通熱が下がってもまだフラつくのに、全きいやしだった。

 

熱で苦しんでいた彼女は、主にいやされて、何をしたか。「もてなし」た。彼女は、主への感謝が溢れ出て、行動に表して行った。主に仕え、人々に仕える者にされた。私たちは、「仕えなければならない」ではなく、へりくだって、感謝して行く時に、溢れ出て仕える者とされて行く。

 

「ねばならない」で行動すると、喜びが無く、重荷となり、疲れてしまう。主への感謝でいっぱいになる時、「もてなし始めた」。仕える者にされて行く。苦しみも、感謝をもって仕える者とされるために用いられる。

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執り成しの祈りによって、今年一年もどれ程の祈りの答えを受け取って来ただろう。多くの問題の中で主がどのようにして栄光を現されたかを共に知る者とされる。主への賛美が溢れ出る。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係