「これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます」エペソ6:16

悪魔は、私たちの心に猜疑心や不信感を起こして来る。悪魔の攻撃だ。ネガティブな、歪んだ思いが、降って湧いたように起こるなら、悪魔が吹き込んだ火矢だ。自分の思いではなく、外部から吹き込まれた思いだ。妬み、憎しみ、怒り、思い煩い、恐れ・・屈折した思いが湧く時、よく気をつけよう。サタンを見張っていよう。

 

ある人は、メールを送った相手から、返信が無かった時に、ふと何か相手の気に入らなかったのか、もしやあの言葉、この言葉が悪かったのか、なおも返信が無く、心がもやもやとし始めた。気になって仕方がない。だがふとサタンに気づいた。サタンは疑心暗鬼にする事を覚え、これはサタンの攻撃だと気づかされた。

 

その時にすっと心から不安が消え、平安になった。その後、「めちゃくちゃ忙しくて、ごめんね~」とメールが届いた。サタンは何もないところに波風を立てて、心をざわつかせる。気をつけていよう。

 

ある人は、職場の新人さんが慣れるようにと、声をかけ、お茶に誘った。しかし特には、反応がなく、こちらとしては、せっかく良かれと思い誘ったのに、もやもやする。段々ネガティブ思考になる。もしや避けられてるのでは、嫌われてるのではと、疑心暗鬼になって来て、祈った。その時に、サタンだと気づかされた。

 

翌日、丁度、帰りが一緒になったので、思いきって再度声をかけると、快く応じて来て、大変好意的で、楽しい交流とされた。相手はあっさりした性格で、全く悪気など無い事がわかった。巧妙に疑心暗鬼、猜疑心を植え付けて来るサタンに気づけるよう、祈っていよう。

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サタンはありとあらゆる方法で、攻撃をしかけて来る。心に不信感や猜疑心を起こして来る。それらが心にふつふつとわく時に、まず祈ろう。主を仰ぐ時に、サタンに気づける。それらは実体の無い妄想だ。サタンからの猜疑心に心していよう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係