「・・主は私の泣く声を聞かれたのだ。主は私の切なる願いを聞かれた。主は私の祈りを受け入れられる」詩編6:8

ダビデは重病だったようだ。「衰えて」いて「いやして下さい」「恐れおののいて」いると祈っている。嘆きで疲れ果て、涙がとめどなく溢れて来ると。泣いて泣いて、訴えている。私たちも同様に身体の痛み、心の傷、苦しみを経験する。今も不安の中だろうか。行き詰まり、絶望状態だろうか。

 

ダビデのように、主に祈り、心の内を主に聞いて頂こう。人に言え無い事を、主に、吐き出そう。泣いて泣いて心の底を訴えよう。悲しみの涙、怒りや痛みの涙、自己憐憫の涙、様々な涙を主に向けよう。ダビデは心の内の嘆き、悲しみ、苦しみを祈っていた時に「主は私の泣く声を聞かれ」「切なる願いを聞かれた」「私の祈りを受け入れられる」との叫びとなり、心が変えられて行った。

 

祈りが聞かれた確信へと、喜びへと変えられた。私たちもダビデのように、主の御前で、嘆いて嘆いて、泣いて泣いて、心の内を主に告げよう。主は受け止めて下さっている。ある人が、海外で母子で生活をしていた。異国の地で、突然、家主の都合で、家を出るように言われ、どうしてよいかわからず、経済的不安は恐怖となり、泣いて泣いて、泣いていた。

 

泣くほかなかった。そして祈っていると、同じ教会の老夫婦が、家も広く、一緒に住もうとの申し出。双方で主の導きを確信し、喜びと感謝な日々とされた。どんな問題でも、主のもとへ持って行こう。感情も思いも、主に注ぎ出そう。主は泣く声を聞かれ、切なる願いを聞いて下さる。

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助けてくださいと持っている不安や強い願いを祈り続けていると、不思議に御心を受け止めようと心が整えられてくる。主が受け止めてくださった事を実感し、平安に包まれる。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係