「ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので・・どこもよく潤っていた」 創世記13:10

アブラムは「わたしの示す地へ行け」との主の御声を聞き、主からの示しを受け、それに従い旅立った。しかし甥のロトは主の御声を聞いたのでも、祈ったのでもなく、ただ伯父のアブラムについて行った。伯父といれば、利得があると思ったのかも知れない。そしてずっとアブラムの後について、歩んで来た。

 

アブラムへの主の豊かな祝福ゆえに、ロトも所有物がどんどん増し、そのため、双方の牧者たちの間で、争いが起き始めた。一緒に歩む事が困難になった。それでアブラムは別行動を取る事にし、まずロトに好きな土地を選ばせた。「もしあなたが左に行けば、私は右に。もしあなたが右に行けば、左に」と。残った方へ自分は行くからと。 ロトはそこで主を仰ぐ事も、祈る事も、又、伯父の恩義に報いようとする事も、年長の伯父を立てる事もなかった。自分の利得のみで、どこが一番有利かと見渡した。そして見た目に、最も潤っている肥沃な地を選んだ。見た目には麗しい地であったが、しかしそこは邪悪なソドムであり、滅ぼされる地であった。

 

一方主に委ねていたアブラムは、残った所を取った。アブラムは選ばなかったが、主が選んで下さった地だった。ロトは肉の目でソド

ムを選び、自らの選択であった。肉で選択する事と、主に委ねて歩む事の大きな違いを見せられる。私たちも、進路を主に委ねて歩もう。主が選んで下さった進路は最善だ。そこには思いを遙かに超えた祝福が備えられている。祈って、主の御声を聞いて、歩む幸いを見せられる。

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祈っていると不思議に別の道に背中を押される経験をする。節目や曲がり角で主がそれとわかるように教えてくださる。主が共にいてくださる場所が祝福だ。思いを主に委ねて導きの地を祈ろう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係