「彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。 わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう」詩篇91:15

私たちにとって痛い事、不都合な事、負の出来事が起きると、どうだろう。例えば病気やけが、経済的苦境、仕事や対人関係の問題等、心が重苦しくなり、暗く落ち込んでしまう。そして「何で、私ばかり!」「他の人は幸せそうなのに」と我が身の不幸を嘆き、恨みつらみで、不満でいっぱいになる。又、自己憐憫にも陥る。

 

見える所だけを見て、状況にほんろうされるなら、主の御心からそれてしまう。見える所でなく、主に焦点を合わせる事が大切だ。いつになったら、主にあって起きている事に気づくのかと、言っておられるだろうか。私たちの日常に、厳しい試練、又些細な不安恐れ、様々な事が起きる。

 

しかしもし見える所だけを見るなら「何でこんな面倒な事に」「この事さえ無ければ幸せなのに」「何で目の前にこの人が」・・嫌な出来事で終わるだろうか。しかし主に無駄は一つもなく、一羽の雀さえ父の許しなしには地に落ちる事はない。偶然でなく、たまたまでなく、不運なのでは無い。

 

主に焦点を当てて、祈って行こう。主には目の前の困難を通して、教えたい事、学ばせて下さりたい事がある。主からのメッセージがある。そして何よりへりくだるためであり、主に拠り頼むためだ。へりくだるようにと、主を求めるようにと言っておられる。そのところに目を向けて、まず主を求めよう。

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身体の不調が続いたり、問題が長引くと主から目がそれて問題の中でもがいてしまう。自分の経験や人の言葉を頼らず、主に助けを求めよう。不安も弱さも認めて全能者なる主に身を避けていよう。

 

 発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係