「あなたがたは、私たちの神、主と心を全く一つにし、主のおきてに歩み、今日のように、主の命令を守らなければならない。」 Ⅰ列王8:61

主と一つ心になるには、まず罪を悔い改める事が大切だ。罪を離れて、主と正しい関係にされる事だ。罪は、主との関係をしゃ断してしまう。だから罪を犯すと、平安が失せる。しかし大事な事は、どんな時も主の愛は決して変わらない。全く変わらずに、愛し続けて下さっている。

 

罪を犯すと、平安が無くなるので、落胆し、神から嫌われたと思ってしまう。良い子が愛され、悪い子は嫌われるとの、この世の価値観による。しかし神の愛は全く変わらない。不変だ。その罪は悔い改めにより、主の血潮により完全に赦される。悔い改める時、主との関係が正されるので、平安が戻る。主と一つ心であるために、御霊によく心探られて、罪は悔い改めよう。

 

ダビデは主の心にかなう者と言われた。だが、姦淫と殺人という大罪を犯してしまった。しかし悔い改めた時に、完全に赦され回復させられた。心が全く一つとは、完璧な者という事ではない。そんな人は一人としていない。悔い改め歩むことだ。そして、主のお心を求める時に、主と一つだ。逆に言えば、自分の思いを遂げようとするなら、主とひとつではない。

 

ある人が新しい働きを始める時に、不安と恐れで一杯だったが、主の御心に従って行くなら、主と心一つであり、主が御力を現して下さると、大変励まされ前進できた。そしてその通りに主のみわざを見せられて行った。自分の思いを退けて、主のお心に従えるよう祈ろう。

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悔い改めを祈る中で、主の平安に満たされていく。主が心の悩みを受け止めて、聞いて赦してくださるからだ。繰り返し失敗する者をなお愛し、ひとつ心を求めてくださるとは何と有難い事か。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係