「イエスは彼らに言われた。『水がめに水を満たしなさい。』彼らは水がめを縁までいっぱいにした」ヨハネ2:7

婚宴中に、ぶどう酒が無くなるという事態が生じた。当時の結婚式に、ぶどう酒は非常に重要であって、あり得ない大失態だ。花婿花嫁の体面にかかわる。同様に、私たちの人生でも、ぶどう酒が無くなるという事態が生じる。様々な失敗や過失を犯してしまうし、又、突如、病気やけが、倒産やリストラ、離別や難しい対人関係、経済的困窮に陥ったり・・喜びのぶどう酒が失せてしまう。

 

その時にパニックになり、自分で立ち回り、自分で何とかしようと懸命にもがく。まさに自分で、水からぶどう酒を作り出そうとする。必死に、悪戦苦闘し、しかし自分でぶどう酒など作れるはずもなく、力尽きて、身動きが取れなくなる。疲れ果ててしまう。

 

そんな時に、私たちのする事は、自分でぶどう酒を作り出すことではなく、目の前の状況を変えようと、悪戦苦闘する事ではない。空回りするばかりだ。自分で動き回るのでなく「あの方が言われることを」主が言われる事を聞き、「してあげて下さい」従うことだ。目を注ぐのは主ご自身にであって、目の前の状況でなく、問題ではない。

 

その時に、主が動いて下さる。主の言われる通りに従うとは、水がめに水をくむ事だ。そうするなら、主が水をぶどう酒に変えて下さる。主がみわざをされる。あなたの目の前の問題でなく、まず主に目を注ごう。マリヤがイエスに向かって「ぶどう酒がありません」と行ったように、まず主に祈り、そして、「あの方が言われることを」行おう。その時、みわざを見る。

 

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信仰人生で、突如の事態が起きる。ある日突然、喜びのぶどう酒が失せて、苦しみ悲しみに直面する。試練が臨む。ありのままの痛みを主に告げよう。主はなすべき事を示される。その通りに従う時に、必要が満たされるだけでなく、主の栄光が現される。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係