「彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、 悪い者から守ってくださるようにお願いします。」ヨハネ17:15

私たち信仰者は世にあって、世で生活しているのだが、この世の者

ではない。しかし禁欲主義でなく、世からの隔離でなく、又、世と

断絶するのではない。だからと言って、世にどっぷり浸かり、世に

埋没し、流されるのでもない。私たちは、この世にあって、この世

の人々と同じように生活する。しかしその原理が異なっている。

 

どこが違うのだろう。私たちは「神の言葉」が、自分を動かす原理

だ。この世の原理でなく、御言葉がどこまでも基準だ。御言葉に従

い、御言葉の価値観で生きて行く。だから、この世にいるが、世と

は違っている。人々は地のものを求めて生きるが、私たちは天を見

上げて生きる。

 

主が御父に祈られた。「真理によって彼らを聖め別って下さい。あ

なたの御言葉は真理です」。御言葉が真理だと。自分の内に根本的、

根源的原則が必要だ。確固たるものが無いと、特に日本人である私

たちは、周囲と同じである事が善であり、同じだと安心し、違って

いると戸惑う土壌がある。真理なる御言葉に基づいて、思考し、判

断し、行動しなければ、周囲に同調してしまい、いつしか飲み込ま

れてしまう。周囲を見て、考えや態度を変えてしまう。

 

日本には米軍基地や大使館がある。日本国内だが、そこは治外法権

で、本国の法律下にある。同様に、私たちはこの世にいるが、御言

葉が支配する神の国の領域にいる。この世と接触を断つのでなく、

人々を愛し、仕え、交流し、証しをして行く。しかし飲み込まれて

はならない。御言葉に従う時、御霊が助け、正しく導いて下さる。

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世の人と同じように見えても、主に信頼して歩む私たちは、どこに

いても主の御手に守られ力を受ける。価なしに主から受けたものを

また人にも与えられる。主に信頼して歩む日々はなんと感謝だろう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係