「軍馬も勝利の頼みにはならない。その大きな力も救いにならない。 見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。」詩篇 33:17

通常の考えでは、戦いにおける勝利は兵士の数による。1万と2

万なら、2万人が圧倒的有利に決まっている。戦いの常識であり、

多い方が勝つ可能性が高い。それが、記者は、勝利は兵の数によ

らない、「軍勢の多いことによっては救われない。軍馬も頼みに

ならない」と言う。一般通念と常識がくつがえる事を言われると、

人は戸惑う。

 

常識で生きているからだ。主の言葉と信仰を掲げながら、実際は

常識や、自分の既成概念で生きているだろうか。信仰と言いつつ、

現実生活では、頭の計算で、軍勢の多い少ないで判断しているだ

ろうか。つまり自分の力による。これなら自分の力の範囲内で、

これは行ける、あれは無理と。頭の中で計算し処理していないだ

ろうか。

 

そこに主の入る余地がない。しかし、詩篇記者は、勝利は兵の数

にはよらず、勇者の強さによらず、主によると結論づける。主に

信頼し、主の導きによって進むのであれば、常識はくつがえされ

る。そこに主が働き、みわざが現れる。兵の数、つまり自分の力

や、障害や困難の大きさがどれほどであっても、それは何ら問題

でない。

 

兵の数、物理的力ではなく、主の御心かどうかの問題だ。軍勢の

数で、計算し、頭で動いていないだろうか。又、もし主が共に行

かれないなら、どんなに大軍勢であっても、敗北だ。救いは軍勢

ではなく、主による。主の目は、主を恐れる者に注がれ、その恵

みを待ち望む者に注がれる。主を信頼する者に、恵みが注がれる。

 

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何か起きると、主が飛んでしまい、肉の価値観がむくむくと出て

常識、既成概念、経験値、自分の思いで判断してしまう。しかし

軍馬も頼みにならないと。主がおられ、主を恐れ、主に拠り頼む

者に救いを下さる。最強のお方が共におられる。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係